German Science Dayにみる学術交流政策と移民政策の融合
および
エジプト人研究者向けアンケート調査に基づく簡短な報告
まず、またまたエジプトにおけるドイツの学術動向を紹介する。報告者は、6月5日にコンラッドホテルで開かれたGerman Science Dayに参加した。個人的に研究者としてドイツの最新の学術を知りたかったということもあるが、何よりもDAADカイロの活動は、JSPSカイロにとっても参考になると考えたからである。結果的に、我が国にとってもおそらく無関係ではなくなるだろうと思われる興味深い動向を知ることもできたので、ここで紙面を割いて報告しておきたい。
これまでのレポートで説明してきたように、German Science Dayは、外務省からの資金も活用したCOSIMENA(Clusters of Scientific Innovation in the Middle East and North Africa)プロジェクトの下で実施されるイベントの一つである。同プロジェクトの目的は、学術関係者を中心にして、ビジネスや政府関係者および市民など様々なステークホルダーから成るネットワークキングを達成することである。
意外だったのは、German Science Dayは、DAAD職員、ドイツの大学・研究機関関係者、DAADアルムナイメンバーたちが、DAADプログラムおよびドイツの大学に関する情報、ドイツの学術研究に関する講演、ドイツでの留学経験を提供するのが主な目的であるが、午前の部は丸々、ドイツの移民政策の紹介に終始していたことである。
DAADカイロ所長はイベント開始の開口一番、ヨーロッパは人口危機に直面していることを伝え、ドイツは、学ぶ場とともに働く場でもあると主張し、留学や研究をするだけでなくドイツの労働市場に参加することも視野にいれて欲しいと訴えた。そしてその後、医療やIT分野におけるskilled labor migration(emigration)を上手く実現するための情報提供を、海外移住・国外在住者問題省(Ministry of Emigration and Egyptian Expatriatesʼ Affairs)、在エジプト・ドイツ大使館、ゲーテ・インスティトゥート・カイロ(Goethe-Institut Cairo)、ドイツ・アラブ産業商業会議所(German-Arab Chamber of Industry and Commerce)、ドイツ国際協力公社(Gesellschaft für Internationale Zusammenabeit)、フィリップ大学マーブルク(Philipps-Universität Marburg)の職員たちが行った。主に、ビザ、言語・文化トレーニング、住居支援、バンクアカウントの作り方、企業・大学の取組などについて議論された。
すなわち、エジプトひいてはおそらくグローバルサウスに対するドイツの学術交流政策はいまや、優秀な者たちの移住を促す移民政策と密接に結合している。そしてGerman Science Dayは、そのような政策を実現するため、エジプト人、ドイツの学術関係者、移民政策の実務家たちを一堂に会させる場として機能していた。
DAADカイロ所長は、ドイツへの移住を促すことはBrain DrainではなくBrain Circulationにつながるものであると述べた。しかし同時に、アメリカ、カナダ、オーストラリアといった国々による人材獲得競争は激しさを増しており、ドイツもそのような競争に参入せざるを得ないのだとも述べた。
欧米はエジプトの大学のキャリア開発サービスの充実化にも積極的に介入している。今月の短信報告で言及したデルタ技術大学でもUSAIDがそのような支援を行っているのを確認した。学術政策と移民政策の融合はドイツだけの現象ではない。他方で日本は各関係者たちに聞いても、そのようなことはビジョンにすら入っていないようである。例えば日本に留学した博士号取得者はその後自分の国あるいは別の国で就職するのが一般的である。しかし教育の機会だけでなく高度な労働市場への参加の機会をも提供する国に優秀な人材が集まるのは当然である。
次に、今年4月頃に実施した、JSPSプログラムやカイロセンターについてのエジプト人研究者向けアンケート調査に基づく簡短な報告を行う。アンケートはGoogleフォーム形式で、JSPSカイロネットワークを駆使してエジプト人研究者に回した。回答率は20%ほど、18の回答数が得られた。回答者の所属は、国立研究所(NRC)、農業研究センター(ARC)、カイロ大学、アスワン大学、ヘルワン大学など、専門分野は、医学、農学、化学、地球物理学、ナノテクノロジーなど多岐に亘る。
JSPSプログラムにおける日本人共同研究者を知ったきっかけについて、それは、①日本への博士課程留学、②日本人の公刊論文、③国際カンファレンス、④エジプト同窓会活動、⑤日本とエジプトの大学間のMOU、⑥大学の同僚、⑦インターネットなどであった。
JSPSプログラムに対しては非常に好意的な意見がほとんどであった。回答者たちは、同プログラムのおかげで自分たちの研究が発展したこと、インパクトの高い論文を発表できたこと、共同研究を実施するための手続が簡易であること、日本人研究者の研究能力・コミュニケーション力の高さ、複数の大学研究機関との共同研究を可能になったこと、を指摘した。
他方で不満点として、JSPSプログラムの競争率の激しさや、ファンドの規模が小さいこと、支援期間の短さを指摘する意見があった。要するに、ほぼ全員の回答者が、フェローシップや共同研究プログラムに拘わらず、採択数・規模・期間におけるさらなる充実化を求めた。
日本人研究者とエジプト人研究者をつなげるための既存の活動やプロブラムをさらに活発にしていくべきだというもっともな意見の他、特に留意すべきだと思った意見は、以下の3点である。
①大学院生を含めた若手研究者向けのプログラムの充実化
②food securityやnanotechnologyなど有効特定分野でのネットワーキングイベントの開
催やプログラムの構築
③エジプト以外のアフリカの研究者も含めた交流支援プログラムの構築
①については、カンファレンスやシンポジウムへの参加を促すサポートを含めた若手への支援拡充が、日本とエジプトの間の共同研究ネットワークの持続や強化につながるという考えが背景にある。
②は、特定分野ごとにワークショップやカンファレンスのイベントを開いたりプログラムを用意したりすべきだという意見であるが、DAADカイロのCOSIMENAプロジェクトも、研究領野ごとに研究者をクラスター化しイベントやプログラムを企画しているのはすでに指摘してきた通りである。たしかに共同研究は特定分野の研究者同士で行われるものなのだから、分野ごとのイベント開催の方が、外国の研究者と日本の研究者をネットワーキングするより効果的な手段である。
また、研究分野によっては、より長期的かつ高度な研究を必要としており、ある回答者は、自分の研究は日本にある実験道具を通じてしか成し得ないためにフェローシップの数や規模・期間の拡大を訴えていた。
最後の③は、エジプトを起点にした南南協力の実現といういまの潮流に沿ったものである。