DAADカイロのCOSIMENAプロジェクト、STDF資料に基づく世界各国の動向

DAADカイロのCOSIMENAプロジェクト、STDF資料に基づく世界各国の動向、今後の活動予定について

 

前回は、中東・北アフリカ地域(MENA)、さらにはサハラ以南アフリカの科学技術ネットワークの構築に向けてボトムアップ・アプローチをとる代表的なアクターとして、DAADカイロを紹介した[1]

今回の報告では、(1)引き続き同組織のエジプトにおける活動、特にCOSIMENAプロジェクト、(2)STDFが提供してくれた資料に基づきドイツ以外の国々も含めた世界各国とエジプトの学術協力の動向、(3)これまでの情報を踏まえ、来年から徐々に始めていこうと考えている調査活動を述べることとする。

国家を越えた研究者の移動と研究が、予測困難な様々な障害が伴いながらも[2]、インパクトのある成果を生み出し続けているのは事実である[3]。エジプトは、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などの湾岸諸国と並びMENAの研究者の魅力的な移動先の一つであり、また同地域の国々との科学研究協力を主体的に促進し、非MENAに対しては欧米だけでなくアジアの国々とのパートナーシップ形成にも前向きだと評価されている[4]。エジプトはまた、欧米、MENA、アジアに留まらず、サハラ以南アフリカの国々とも盛んに関係性を構築し、共同研究を実施している[5]。MENA出身のヨーロッパ諸国の研究者の還流を促し、同時にヨーロッパ諸国出身の研究者が積極的にMENAを訪れることを奨励する動きもある[6]

 

1.DAADカイロの活動:COSIMENAプロジェクト

あらためて説明すれば、ドイツのDAADカイロは、そのようなエジプトにおいて、自国とエジプトの博士課程の学生や研究者を中心にネットワーキングを推進するボトムアップ・アプローチ型の組織である。

DAADカイロの活動は大別すれば、ドイツの大学や奨学金に関する広告宣伝を行うマーケティング、大学入学資格の情報や研究プロポーザル作成の方法を提供するカウンセリング、そしてカンファレンスや講演会を開催しより直接的に研究者間の交流を図るネットワーキングである。今回は特に、前回のレポートで言及した、ネットワーキングに係わるCOSIMENA(Clusters of Scientific Innovation in the Middle East and North Africa)プロジェクトの具体的な内容について紹介する。

DAADカイロは、気候変動、人口増加、水不足などの地球規模の課題に対処するために、COSIMENAプロジェクトを立ち上げ、水、エネルギー、ヘルス、農業、経済(学術と産業セクターの協力)、都市計画、文化遺産など様々なテーマ毎に課題駆動型のクラスターを設置した。同プロジェクトの目的は、ドイツとMENAの大学・研究者間の協力・連携を深め、科学、ビジネス、政府、市民社会からのステークホルダーを一堂に会させ、ネットワークの可視性を高めていくことである。そして、様々な課題領域において革新的なアイデアと学際的および産業横断的な解決策を導き出すことである。COSIMENAプロジェクトでは、講義、ワークショップ、シンポジウム、カンファレンス、サマー・ウィンタースクール、German Science Dayなど、多岐に亘る学際的イベントが実施される。

まずCOSIMENAプロジェクトにおいてDAADカイロは、外務省からの資金提供を受け、自らが資金配分機関として、国際的な学術協力の強化を目指す活動をサポートする役割を担っている。2024年から、資金配分は形式化された申請プロセスに基づく。興味を持った機関や研究者は、指定された期日までに所定フォームを使用して、意図するイベント活動の形式・内容・日程、ターゲット・グループ、国際学術協力における貢献、財政計画などを提出する。選考は、学術審査委員会によって行われ、実現可能性や科学的価値、期待される影響および貢献に加えて、特に、若手研究者を対象とした活動、ジェンダー・センシティブなアプローチ、不利な条件下にある周縁的な集団を包含しようとするとする取り組みが評価される。応募者は、ドイツおよびエジプトの大学であり、MENAの機関との提携も可能である。活動場所はエジプトに限定される[7]

各イベントに対する支援の規模や採択件数はウェブサイトからは不明だが、募集、申請プロセス、資金配分をDAADカイロが主に担うことで、よりダイナミックな地域間学術交流を実現させているようである。

DAADカイロはCOSIMENAプロジェクトの枠組みでEUレベルのプログラムに対する支援も行っている。例えば農業クラスターにおいて、DAADカイロは2021年に、EUが資金提供するPRIMAプログラムの実施を支援するセッションを開催した。PRIMAは、「地中海地域における研究とイノベーションのためのパートナーシップ(Partnership for Research and Innovation in the Mediterranean Area)」を意味し、気候変動、都市化、人口増加に悩まされている地域で水の利用可能性と農業生産の持続可能性を向上させるための新しい研究・イノベーションのアプローチを考案することを目指している[8]

このイベントは、EUが資金提供するPRIMAプログラムへのエジプトの参加を促進し、PRIMAプログラムが研究者や実務家を支援して横断的な研究プロジェクトを円滑に進めていくために、DAADカイロとエジプトの高等教育・科学研究省、PRIMA財団の共同議長であるMohamed El-Shinawi教授が協力して開催された。例えば、PRIMAプログラムの規定や研究者が応募できる主要テーマについての説明が行われた。主要テーマは、水管理、農業システム、農産品のバリューチェーン(FVC)であった[9]

またDAADカイロは2012年以来、COSIMENAの枠組みで、German Science Dayを毎年開催している。その目的は、エジプトの有望な博士課程の学生や若手研究者に対し、ドイツの研究環境やDAADの資金提供に関する情報を提供し、ドイツとエジプトの若手の交流を促進することにある。その多様なプログラムには、ドイツの大学やDAADアルムナイメンバーの成功ストーリーに関するプレゼンテーション、パネルディスカッション、適切な指導教員の見つけ方などに関するソフトスキルモジュールが含まれる[10]

加えてCOSIMENAは2017年から毎年、ラマダンの時期にGerman Science Nightを開催している。このイベントの目的は、大学や研究機関が科学的知見を一般の人々と共有することである。DAADカイロはパートナー機関と協力して、科学的なトピックについて、興味と好奇心をかき立てるユニークな体験を創造することを目指し、展示や対話型ワークショップ、ドキュメンタリー、またはサイエンス・スラムに参加する機会などを提供している[11]

COSIMENAサマー・ウィンタースクールは、アラブ科学技術海洋輸送アカデミー(Arab Academy for Science, Technology & Maritime Transport)との協力によって毎年開催されるイベントである。このイベントでは、ドイツおよびMENAの修士課程の学生、修士課程を終了してから5年以内の研究者が、毎年異なるトピックについて1〜2週間のトレーニングを受け議論する[12]

COSIMENAプロジェクトにおけるDAADカイロ主催のメタ会議では、クラスター全体に係わる重要なテーマが議論される。例えばメタ会議は、巨大な人口を抱えながらもモータリゼーションが不十分なアフリカ大陸の産業化について意見交換し、展望と課題を分析することを通じて、ドイツとエジプト、より広くアフリカ諸国の間の産学協力の重要性を議論する場や、アフリカ諸国の経済発展が南南協力の新たな波を引き起こし、さらにアフリカに対するエジプトの役割の重要性がここ数年で増してきている現状を踏まえて、MENAおよびサハラ以南アフリカの間の移動と学術交流が革新的な研究を促進する可能性を議論する場を提供している[13]

総括すれば、DAADカイロは、将来有望な博士課程の学生および若手研究者に対してはドイツの大学や研究環境の紹介、個々の研究機関レベルの中規模なイベント活動に対しては恒常的で柔軟な支援、EUレベルの大規模な多国間プログラムに対してはそれを円滑に進めていくためのサポートの役割を果たし、ときには一般市民や産業界も巻きこみながら、MENA⇔ドイツ、MENA⇔MENA、ひいてはドイツ⇔MENA⇔サブサハラアフリカの国際的なネットワークの構築を担っているのである。

 

2.STDF資料に基づく、エジプトをめぐる世界の学術動向に関する簡短な考察

もちろん、エジプトやMENAとの国際共同研究や学術交流を積極的に推進しているのはドイツのDAADカイロだけではない。例えば、ボナパルトによる軍事侵攻以来、長きに亘る歴史を共有するフランスとエジプトの学術協力は、現在にいたるまであらゆる研究分野で非常に活発であり、毎年500を超える共同出版物と特許が発行されている。フランスのIFE(Institut Français dʼÉgypte)のフランス・エジプト科学協力部門は、在エジプト・フランス大使館の協力・文化行動部(SCAC)の管轄下にあり、フランス・エジプトの科学者ネットワークを調整し維持している。この部門の任務には、両国間の研究パートナーシップの実施と発展、博士課程の学生の流動性を促進するための学術奨学金プログラムの設立、エジプトのASRT(Academy of Scientific Research and Technology)と共同で資金提供されるPHCイムホテプ・プログラム[14]や専門家の交流を通じた様々な領域における研究プロジェクトの支援、EUプログラム(Horizon Europe、Marie Sklodowska-Curie Actions、PRIMAなど)を通じた多国間パートナーシップの発展の促進、フランス語のカンファレンスやイベントの組織化などが含まれる[15]

以下、STDF資料を参照して[16]、非常に単純にだが、エジプトを舞台にした世界各国の直近の学術動向に関する考察を提示する。同資料は、エジプトと深い学術関係を有する国名、共同プログラム名、二国間合意(Agreement)・MOUといった協定の形式、協定締結年月日、二国間・多国間といった関係の規模、(おそらく)現在までの採択件数、交流・ワークショップ・研究といった助成対象のプロジェクトの種類、研究分野、実施期間に関する情報を含んでいる。

まず、STDF資料中の単語の登場頻度数からエジプトにおいて重要とされる研究分野を割り出してみると、再生可能エネルギー/エネルギー、水資源管理、農業/食品生産/食品安全がもっとも登場頻度が高く、かつ共起回数も多く、非常に重要な分野とみなされていることが分かる。その基準でいえば次に重要とみなされている分野は、ヘルス/ワンヘルス/医療関連のICT・ビッグデータ管理、環境保護/エコシステムの持続可能性/気候変動、材料科学/ナノテクノロジーであった。もちろん、フォームの始まり各研究分野の具体的な重要性は、その分野の専門家や関連プロジェクト、目標・成果によって異なるため、以上の考察はあくまで参考の一つである。

また世界各国とエジプトの学術関係の密接さについて考察してみたい。それを明らかにする要素として、協定の形式、これまでの採択件数、助成対象のプロジェクトの種類、研究分野の範囲などがあり得るだろう。それらの内、主に採択件数と助成対象のプロジェクトを考慮して密接さを評価すると、アメリカと日本、ドイツが、採択数が他と比較して多く、プロジェクトには研究とそれ以外のワークショップや交流の両方が含まれている。スペインと中国は、研究プロジェクトのみが含まれるが、採択数が多い。イタリアは、協定の歴史が長く、共同研究の領野も多岐に亘るが、採択数は少ない。イギリスとフランスは、主に協定がフェローシップに限定されている。

しかし留意すべきこととして、ドイツやフランスの活動事例から明らかなように、様々な側面からネットワーキングは日々行われている。特にヨーロッパ諸国は上述のPRIMAなどEUレベルの多国間プログラムを通じてエジプトと共同研究を実施している場合がある。そもそも今回使用したSTDF資料が、包括的でかつ正確な情報を含んでいるかどうか疑わしい。さらに、当然ながら基準次第で評価は変わる。

いずれにせよ、世界各国とエジプトの学術協力の実態、質や影響力を正確に評価するには、このSTDF資料だけでは不充分で、より詳細な情報やデータが必要である。

 

3.今後の調査活動予定

STDF資料のような量的データは、カテゴリーとそのカテゴリーに属するとみなされたものに係わる数値を提供し全体像の把握に有用だが、カテゴリーの複雑な意味や結果の背景にある質的事情はみえにくい。したがって、量的データを集めると同時に、在エジプトの省庁関係者や研究・ファンディング機関、中東・アフリカ地域をフィールドとする日本を含めた各国研究者など各方面へのインタビューを主な手段として、重点研究領域、機関同士の合意内容、合意機関のレベル、各国の支援規模、採択件数、セキュリティクリアランス、助成金提供システム、助成金の使途、プロジェクト評価方法・進行方法、共同研究において活躍している研究者などに関する調査を可能な範囲で少しずつ実施していきたいと思う。その後は、マグリブなど北アフリカのその他の地域へ調査範囲を拡大できればと考えている。

[1]「エジプトに対するドイツの科学研究・高等教育政策:DAADに着目して」

[2] 若月利之. 2020.「サブサハラアフリカにおける水田稲作の内発的発展と国際共同研究」Journal of African Studies (97): 51–54; Dusdal, Jennifer, and Justin J. W. Powell. 2021. “Benefits, Motivations, and Challenges of International Collaborative Research: A Sociology of Science Case Study.” Science and Policy 48(2): 235–245.

[3] El-Quahi, Jamal, Nicolas Robinson-Garcia, and Rodrigo Costas. 2021. “Analyzing Scientific Mobility and Collaboration in the Middle East and North Africa.” Quantitative Science Studies 2(3): 1023–1047.

[4] 同上

[5] NRSの研究職員とのインタビュー、およびNRC発行のニュースレターを参照。

[6] El-Quahi, Jamal, Nicolas Robinson-Garcia, and Rodrigo Costas. 2021.

[7] https://www.daad.eg/en/2023/12/05/call-for-cosimena-funding/.

[8] https://prima-med.org/. PRIMAの主な特徴と文化は、長期的なコミットメント、パートナーの平等な参加、イノベーション、利害関係者との長期的な関係の確立である。

[9] https://www.daad.eg/en/about-us/cosimena/clusters/agriculture-cluster/prima-virtual-matchmaking-session-2021/.

[10] https://www.daad.eg/en/about-us/cosimena/annual-highlights/german-science-day-week/. ソフトスキルモジュールをエジプトの学生や研究者に広く提供する代表的なプログラムは、前回のレポートでも少し触れたDAAD Kairo Akademie(DKA)である。2011年の設立以来、DKAは大学、高等教育機関、研究機関、および関連省庁の関係者向けに、研究プロポーザルの書き方から、高等教育に係わるプロジェクトマネジメント、教育のデジタル化、コミュニケーションスキルにいたるまで多岐に亘るモジュールを提供し、エジプトにおける高等教育と研究の能力開発に貢献している。DKAもまた、外務省の資金援助によって可能となった。https://www.daad.eg/en/about-us/daad-kairo-akademie-dka/modules/#management-higher-education.

[11] https://www.daad.eg/en/about-us/cosimena/annual-highlights/german-science-night/.

[12] https://www.daad.eg/en/about-us/cosimena/annual-highlights/cosimena-summer-winter-school/.

[13] https://www.daad.eg/en/about-us/cosimena/meta-conferences/.

[14] 2018年時点で、120以上のフランスとエジプトの共同研究が支援されている。https://www-overseas-news.jsps.go.jp/%E3%80%90%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88%E3%80%91%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88%E3%80%81%E5%A4%A7/.

[15] https://www.ifegypte.com/en/studies-programs/franco-egyptian-cooperation/scientific-cooperation/.

[16] メール添付資料を参照。

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